佐久間象山の西洋砲術塾

佐久間象山砲術塾跡 象山砲術塾跡案内板

佐久間象山砲術塾跡
現代の永代通り、福島橋を永代橋に向かって渡った所に案内板が建っています。

佐久間象山砲術塾の場所

幕末の兵学者・思想家として著名な佐久間象山が嘉永3年(1850)深川の松代藩下屋敷で洋書を解読編纂していた頃に、門弟たちに西洋砲術を教えました。
安政年間の江戸絵図に福島橋を渡ったから冨吉町の北に真田信濃守の下屋敷が描かれています。

象山塾の門人名簿の『及門録』には勝麟太郎殿、長州藩士吉田大次郎(松陰)や会津藩士山本覚馬、大洲藩士武田斐三郎(函館五稜郭を設計)、長岡藩河井継之助等の有能な人物の名前が見られます。

江戸町火消しの纏 東京スカイツリー

▲左写真の奥が塾跡。
永代通りの街灯は深川の江戸町火消しをイメージした纏(まとい)が象られています。
先進技術を教えた塾跡地手前の福島橋から近代的な東京スカイツリーがくっきり(川の左側が跡地)

所在地:東京都江東区永代1-14付近

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