▲遊撃隊士が潜伏した箱根堂ヶ島(どうがしま)の湯宿近江屋旅館の古写真
▲堂ヶ島の現在と古写真
堂ヶ島は山路嶮しく九折した先の凹地で、早川が三方を巡り島のようになっている。
滝廉太郎作曲・鳥居忱作詞『箱根八里(はこねはちり)』の千仞の谷(せんじんのたに。1仭は数尺あり非常に深い谷の意味)は、堂ヶ島~木賀渓谷辺りまでの谷らしい。
歴史が古い箱根七湯の堂ヶ島温泉が湧く。上に見えるのは常泉寺のある宮ノ下地域。
■遊撃隊士と堂ヶ島
慶応4年(1868)5月20日に旧幕臣・遊撃隊ら脱走兵が箱根関門を攻め、彼らと和議が成立した小田原藩が、再び総督府側に転じ、26日に湯本の山崎で激しい戦となった。
総督府軍が後に詰めた小田原方の大軍に百数十余名の先鋒隊だけでは適わず、隊を率いていた伊庭八郎も重傷を負い旧幕脱兵は破れて撤退する。
小田原藩兵は追撃をゆるめず、旧幕側本営の林忠崇も敗戦の報を受けた退却兵を収容するために各所へ兵を出した。
翌27日も小田原兵は東海道と湯場道(温泉路、今の国道1号線)に分かれて徹底的な掃討体勢をとる。
山崎で戦った小田原藩仰徳隊は湯場道の捜索に当たっていた。瀧坂を上がり、芦ノ湯から二子に上がり、山中に一泊して湯場道を下り宮ノ下の奈良屋に泊まった。
28日の明け方に、10人の不審な姿を発見し、太平台方面と宮ノ下方面と相分かれて追跡する。
追跡側はまだ正体を掴めていないが、この10名は前田条三郎率いる第二軍一番隊の遊撃隊士であった。
前田隊は塔の峰、明星峰を夜通し歩き、宮城野に至ったところであった。
昼に木賀方面に10名が宮城野橋の袂で休憩中に、湯場道を宮ノ下から進んでいた小田原藩兵に見つかり、木賀渓谷へ下りて逃走する。
▲早川の西岸の宮城野と木賀渓谷の古写真、宮城野・堂ヶ島間の細い山道
▲渓谷へと山道を下ると湯宿に辿り着く
10名が隠れた湯宿の近江屋を包囲すると抗戦姿勢をとったため残兵と分かり、小田原藩兵は周囲から射ちかかった。
銃撃戦で潜伏者の弾が尽きると小田原藩兵達は中へ踏み込んで射殺する。
9名の首級を確認したが、他に潜伏者は見つけられなかった。
残りの1名は奥の厨房の米櫃に隠れて難を逃れたのだ。
射殺された第二軍一番隊の遊撃隊士
・前田條三郎(隊長)32歳
・由井藤左衛門 19歳
・内藤鐐吉 20歳
・関敬治郎 歳
・関岡金次郎 18歳
・小笠原正七郎 25歳
・市川元之丞
・太田銚吉(瓶吉)
・松田集之助(隼之助)
前田は箱根関門占拠の際に奮闘し軍使として単身乗り込んだが、その一週間後の討死となった。
米櫃に潜んで助かった隊士は諸説ある。
大和屋ホテルは第二軍二番隊の小林隼之助(駿府藩士)とするが小林は26日に戦死との記録もある。
戊辰戦争後に帰藩した飯野藩士の猪口春造であるともいう。猪口は沢田武治(沢田は戊辰戦争後に会津藩の責任を負って切腹した萱野権兵衛の介錯を行った飯野藩士で後に箱根底倉で温泉宿を経営)の柔術の門弟であった。
9名の遺体の頭部は湯本早雲寺に葬られ、胴体は宮ノ下常泉寺に埋葬された。
その後、近江屋の経営者である近江屋半兵衛(本名は高木半兵衛)は、遊撃隊をかくまい切れなかったことを悔い、彼らを弔うために願主として常泉寺境内に供養塔(墓碑)を建立した。
文化8年(1811)の『七湯の折枝(しおり)』には堂ヶ島に5軒の湯宿がある。
・奈良屋六郎兵衛
・大和屋太郎左衛門
・近江屋半兵衛
・丸屋孫兵衛
・江戸屋与右衛門
近江屋旅館(近江屋半兵衛)の高木半兵衛は明治10年代頃に、近江屋ことへ経営を譲り、引き続き近江屋旅館の名で大正12年頃まで続く。
そして大和屋太郎左衛門の妹の安藤はつが奈良屋と改めて経営していた旅館を、昭和25年に大和屋本家筋(川辺太郎左衛門)の娘が譲り受けて増築拡張し、現在の大和屋ホテル(休業中)となった。
そして近年になって大和屋旅館所有の古い米櫃が2つ発見された。
米櫃は松材で、厚さ一寸五分位、縦二尺七寸位、横幅と深さは一尺七寸位。
昭和からは堂ヶ島温泉には2件の宿が営業していた。
昭和初期に東京から来た宮田氏が「対星館」を経営し、深い渓谷にある堂ヶ島への行き来を便利にするために自家用ケーブルカーを設けた。
対星館の名は、堂ヶ島温泉を発見したという鎌倉時代の名僧夢窓疎石(むそうそせき。国師)が星空に対し坐禅した様子に因む。
戦後になって大和屋ホテルもゴンドラを設置し、堂ヶ島温泉は賑わいをみせた。
どちらも昨年8月末にリニューアル工事のため休業し、平成28年(2016)秋頃に1軒の宿として新装開店を予定している。
晴遊閣大和屋ホテル:http://www.hakone-yamatoya.com/
対星館:http://www.taiseikan.co.jp/
所在地:神奈川県足柄下郡箱根町宮の下
▲堂ヶ島渓谷遊歩道の木賀温泉方面側にある吊り橋は人数(重量)制限あり。
早川の流れは湯本方へ落ちる。宿の湯煙に潜んでいたのは猫一匹。